株式会社アッセンブリー・プラント・グローリー

“手のかかるものづくり”で、
モジュール製品をアッセンブリーする技術を誇る。

設立 平成4年(1992)4月
代表者 臂 友幸
所在地 伊勢崎市飯島町542-2
資本金 1,000万円
従業員数 96名
TEL 0270-31-5001
FAX 0270-31-5002
HP http://www.apglory.net/
【経営革新計画のテーマ】

取引先近郊に進出してアッセンブリーと物流受託を行い
効率的な生産体制を確立する。

期間:平成18年7月~21年6月

2回の経革新で目標数値をアップ。

 創業から20年、中堅板金メーカーとして業績を上げている株式会社アッセンブリー・プラント・グローリー。建設機械重車両等の部品、自動車部品を主軸に、多品種・小ロットの、“手のかかるものづくり”を得意としている。県内の工事現場で目にする大型ブルドーザーやダンプカー等の部品の多くは、同社で製作しているという。現在は、東日本大震災復興用の機械部品も多いそうだ。
 経営革新計画は2回策定・実行している。2回目は、メインの取引先が茨城県に常陸那珂工場を新設するにあたり、同社でも茨城工場を建設する計画を立て、実行した。これにより流通コストを下げることに成功し、併せて倉庫業も始め、計画目標の数値をはるかに超えた利益を上げることができた。

本社建物外観 茨城工場
(写真上)本社建物外観
(写真下)茨城工場
新たなビジネスモデルの成立。

 平成4年、妻と二人で中古の機械1台で起業した。ちょうどバブルが崩壊した後で、どの会社でも設備力はあるものの、その設備を外れる仕事は受けない状況であった。そんな中で、逆に設備がないことを売りにどんな仕事も引きうけた。結果的に、多品種小ロット生産を得意とする業務体系が出来上がり、そこから20年、今ではそれが強みといわれるようになった。このような経験から、“いろんなものが集まった所に栄光がある”というコンセプトが生まれ、社名にもなっている。
 経営革新を策定した時期は、自動車産業を中心に生産拠点が海外にシフトし、海側に大きな輸出拠点ができていた。当時、北関東自動車道の計画が進みつつあり、群馬から茨城までのルートが現実的になったため、伊勢崎工場で部品を作って、メーカーの工場に近い茨城工場で溶接するというすみ分けを実現させた。茨城にかさばるモノを出すことで、伊勢崎工場に高度な設備力を持たせ生産力をアップさせるという、次のステージへの戦略が可能となった。
 倉庫業では、中国等から輸入したものを保管し、不良品を直して出荷するという流通加工も始めた。一般的な倉庫業は不良品の手直しまではできないが、板金工場を持つ同社では、預かり手直しまで行うという新たなビジネスモデルを成立させた。

本社工場内本社工場内 本社工場内 本社工場内
本社工場内
転換期という第3ステージへ。

 同社は、これまでは創業以来、土地の取得や設備投資に力を入れてきた。しばらくは、減価償却のために売り上げを上げていきたいが、次の代には、今まで以上に開発に力を入れ、楽しんでモノがつくれるような業態にしていきたいとのことだ。
 目標は、多様性を持たせること。製品の多様性、素材の多様性、業種の多様性など、「多様性」といっても様々で、簡単そうに見えて難しいものである。しかし、“日本を世界の工場に”という時代が終わり、これからの時代は良いモノを作るということに重点が置かれるだろうとのこと。「歴史を見れば進化論も多様性で生き残ったのですからね」と、臂友幸社長はいう。多様性の実現のためには、設備や技術だけでなく、技能を対応させなければならない。モノづくりを支えてきた団塊の世代が退職するなかで、技能の継承と人材育成が急務だという。
 創業が第1ステージとすれば、経営革新等で業務形態を広げた成長期の第2ステージが終わり、今は転換期という第3ステージの幕開けだ。かつてビジネスプランを描いた時と現代とでは、製造業を取り巻く環境は大きく変化した。そんな中で、どう新しいビジネスモデルを作れるか。臂社長の挑戦は続く。

これからは多様性が重要と語る臂社長
これからは多様性が重要と語る臂社長
取材こぼれ話

毎年クリスマスシーズンに波志江沼環境ふれあい公園で開催される「いせさきイルミネーション・ナイト」。そこに飾るため、ボランティアでモニュメントを製作している。市のシンボルである大観覧車「ひまわり」をはじめ、近代化遺産の「旧時報鐘楼」、子供のもり公園の「まゆドーム」など、お得意の金属加工の技術を使って造りあげた。モノづくりの楽しさを感じたという。そこからも新しいビジネスモデルへの発想が生まれるかもしれない。

取材記者の目

クリスチャンでもある臂社長。東日本大震災のときに壊れた伊勢崎教会の建て直しに奔走するなど、忙しい日々のなかで取材に応じてくださいました。丁寧な受け答えのなかに温かな人柄が伝わってきました。

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